
幼稚と言うこと
学んでいくうちに、知り、そして疑問も生まれる。それを自分の中で理解できる形にしていく。「教科書に書かれていることは事実ではないです、それを知るためにみなさんが勉強するのです」と学校の先生が教えてくれたことは今になってもありがたかったと思う。
私が育った地域が平清盛さまのおかげで港ができ、今の日本の海洋国家の礎を築いたと。そして今の貨幣システムができ、日本と宋・中国との関係ができていった。その頃から日本に移り住んだ人もいる。だからこの街は華僑の人たちにとっても住みやすい文化が育まれていったんだろうとも教えられた。また華僑という人の中には朝鮮人もいて、在日という朝鮮人とも違うことも教えられた。

こうした歴史をなぜ先生は教え込んだのか? やっと最近になって理解できた。
壇ノ浦の戦い
寿永4/1185年3月24日、長門国赤間の浦で起こった平氏と源氏との三種の神器をかけた戦い・壇ノ浦のいくさ。三種の神器とは天皇の象徴。それを源氏側が奪い取ろうとした戦です。
一の谷の騙し討ちで海に逃れた平家一門。平家は海を操ることに長けていた人たちです。そして瀬戸内海の端・彦島に陣を構え源氏を迎え撃つのです。関門海峡がある現在の下関は流れが早く、潮の流れが変わることでも有名です。
の流れをよむことに長けていた平家側の水軍、和歌山の熊野水軍、愛媛の河野水軍、兵庫の渡辺水軍によって平家が優勢に戦います。
禁じ手を再び使った源義経
義経は英雄の良いイメージですよね。マスゴミや大衆によってあくまでも作られたイメージ。私はとんでもない武士の風上にも置けない人だと。目立ちたがり屋の義経は、壇ノ浦の戦いの時に自軍の梶原景時と対立します。軍議で義経は自分が先鋒を務めると。これが原因で義経と梶原景時の因縁がはじまるのです。
戦いといっても、武士道という規範が日本民族にはあるように、やってはいけない禁じ手というのがあります。船は当時は人力でした、そのために戦闘員ではない漕ぎ手を殺す行為は禁じられていました。
源氏が劣勢と押されていって後退した時に、義経は禁じ手を再び打つのです。漕ぎ手に矢を放てと命令を下すのです。そりゃぁズルをすれば利はありますが。安徳天皇も船に乗っておられるのです、漕ぎ手を失えば、流されるだけ。
安徳天皇と三種の神器が海の底へ
一の谷の戦いと同じように和平をすると言いながら、それなら都に帰れると喜び宴を催していた平家軍。だから空海が中国から持ち帰り天皇へ献上した青葉の笛を吹いて、歌を詠んでいた。そこへ鵯越のししおどしと源義経が攻め込んできた。
源義経のエピソードとして八艘飛びが有名ですが、これがカッコいいと勘違いされています。平家の強者と呼ばれている平教経・たいらののりつねは矢が尽きるまで源氏と戦います。しかしこれを見た指揮官・平知盛から「もはや勝敗は決している、だから罪つくりなことはするな」と諭されます。
それならばと猛将・平教経は「ならば敵の大将を討てばよい」と源義経の舟を探し出し、それに飛び移ります。さぁここで武士道です、敵と向かえあった大将は名乗りをあげて敵をうちたおすのが道理。
しかし義経は八艘飛びしてあたふたと逃げ出すのです。迎え撃つことができない大将、それを見た源氏の兵士は失望したとも言われます。平教経は義経をかばう源氏の兵士の首根っこを掴み海の底へと。歴史とは勝った方ばかりをカッコよく書いてあるだけですね。
安徳天皇の菩提を弔う場所
わずか八歳で入水崩御された第八十一代安徳天皇をお慰めするために、朝廷は建久2/1191年長門の国に霊廟を建てるよう勅を発し、御陵の上に御影堂を建立。それが浄土宗の阿弥陀寺です、みなさんがよく知る『耳なし芳一』は、この阿弥陀寺のお坊さんです。社殿の横に芳一像があり、その奥には平家一門の墓所があります。
明治維新の神仏判然によって、阿弥陀寺は赤間宮に。もともと神社もお寺さんも分けられる存在ではないのが、私たちの国のかたちです。安徳天皇の赤間宮は昭和15年昭和天皇の勅定により官幣大社に昇格「赤間神宮」と改称されています。
「波の下にも都がございます」それをイメージした龍宮城をもした色鮮やかな水天門が、私たちを出迎えてくださります。龍は水をつかさどる神さまです。この門から関門海峡を観ると、思わず手を合わせたくなるのです。
今から800年前の歴史も手に取るように知ることができる国を誇りに思える、そんな瞬間です。タイトル写真には龍神が現れてくださいました。令和8年6月20日夏至前の日。
【赤間神宮】御祭神/安徳天皇
〒750-0003 山口県下関市阿弥陀寺町4−1
開門時間/9時00分~17時00分
関門海峡に面していて、周りは散策するにはぴったりの場所です。下関駅から歩こうと思えば散歩がてら歩ける距離です。意外と知られていませんが、この関門海峡は海底トンネルで歩いて九州へ渡ることができます。ぜひ一度あなたの足で海峡を歩いて渡ってみませんか。