
京都で一番人気のおさるさん
初めて京都観光に来られた方が、どこに行くのか? それを学生時代に同志社大学の学生とカウントしたことがあります。金閣銀閣と哲学の道派、四条祇園八坂派、平安神宮に御所と二条城派、お稲荷さんと平等院醍醐寺派、なんて分けましたね。
一番はやはり書いてる順番通り。金銀、それにプラス祇園四条でおみあげ。アンケートを聴いたのが修学旅行生の高校生も多かったせいなのですが。京都の大学に入学したての人となると、これが円山公園での新入生歓迎のお花見であったりで四条祇園八坂派。
四条祇園八坂は、初めて京都に1日観光するにはオススメ。四条界隈は京都で一番にぎわっている場所。阪急河原町四条駅から祇園のたつみ橋観て鴨川を渡り、そして南座見ながら八坂さんへ。本来なら正面から入りたいところですが時間短縮で横道から、八坂さんお参りして円山公園。そのあと、八坂庚申堂さん、聖徳太子の五重の塔・法観寺八坂の塔、産寧坂に清水さん。時間があればレンガ水路に南禅寺さん。

賓頭盧堂/びんずるさんのお堂には、様々な色をした「くくり猿」
あげた中でも今一番人気が八坂庚申堂さん。女の子には超ウケます。それにカップルも多い。インスタなどにもここのお猿さんの画像がたくさんアップされています。カラフルで絵になるんですよねぇ、今は『鬼滅の刄』、炭治郎の市松模様、禰豆子の着物の柄である麻の葉のお猿さんが。
様々な色をした「くくり猿」がびんずるさんのお堂に
なんで??お猿さん? これを見た名古屋から来た大学時代の友人は「さるぼぼ」と。そう飛騨高山のさるぼぼにも似ています。飛騨弁で赤ちゃんのことを「ぼぼ」と言い、猿の赤ちゃん。ただし、他国ではボボというと女性蔑視の言葉とおもわれますから要注意です。
八坂の庚申堂さんのお猿さんは「くくり猿」と呼ばれていて、これに願いを書いて奉納すると願いが叶うと言うものです。神社で絵馬を奉納するのとおんなじ。絵馬は神さまへ馬を奉納するものですが、こちらはお猿さん。

炭治郎の市松模様、禰豆子の着物の柄である麻の葉のお猿さんが。
じゃぁなぜお猿さん? これは八坂庚申堂の「庚申/かのえさる、こうしん」のさるからですね。庚申は、干支の一つ。ねずみの歳にできた甲子園の「甲子」から始まる干支の組み合わせの年の呼び名で57番目、直近では1980年、次は2040年になります。
大流行した庚申待/こうしんまち
庚申待/こうしんまちとは、日本の民間信仰で、庚申の日に神仏を祀って徹夜をする行事です。こうしんまちは通常、村単位など集団で行われ、その集り=講のことを庚申講、庚申会、お日待ちなどといいます。よく神社の石柱に○○講という言葉が掘られていますが、あれはその地域の人たちが寄って集まり寄進したということです。
「日本には寄付文化が無い」なんて無礼なことを言う他民族人や言論人が居ますが。民間信仰も他国の人から「そんなもの迷信」なんて言われ方しますが。そうですか? こうしてお猿さんを寄進喜捨するのも言ってみれば寄付。
みんな願ってお猿さんを寄進する。だってカラフルな猿のあかちゃんがたくさんいるから、素敵な場所になり今では京一番の撮影スポットになっているのですから。これがcool Japan。

民間信仰さかんなのが、ここ八坂の庚申堂さん、ホントは金剛寺
カラフルなお八坂のこうしんさん。インスタやFBに京都での写真をアップするにはここはホント絵になります。オススメはびんずるさんのお堂で皆さん撮影してはるんですが、奥の本堂の方が高い位置からお猿さんを吊り下げているので絵になりますよ。
こうしんまちは戦国時代も盛んで、明智光秀が織田信長に敵意を感じたのもこの時と言われています。その時歴史が動いたんですね。
織田信長公を始め、柴田勝家、明智光秀ら重臣20余人が揃って「庚申の酒席」を行ったとき、度々途中で厠に立った明智光秀を鎗を持って追いかけまわし、織田信長は「いかにきんかん頭、なぜ中座したか」と光秀を責め立てたと『柏崎物語』には書かれています。
天下統一を目指して庚申待で神頼みしていた織田信長。人の感情を無視した、尽くしてくれている家来に対する無礼な態度。重臣である明智光秀になぜか、信長は人としてあるべき対応では無い行動をしばしば取ります。
「信長の野望」天下統一
一説には織田信長公は今でいう「自閉スペクトラム症」だったとも言われています。
このあと四国攻めをするのですが、その時信長側だった土佐の長宗我部元親を、四国が自分のものになるとみた瞬間、長宗我部を邪魔もの扱いに。この時に長宗我部と織田信長を取り持っていたのが明智光秀。
こうして、織田信長は光秀謀反にあうことに。人はいくら組織についていようと、自分が信ずるものを反故にされたり、光秀は母を身代わりとして差し出していますが、信長にその母親を殺されてしまう。そんなことされたらどんなお人好しの人間だって怒ってクーデターを起こしますよ、と言う見本のようなお話ですが。
ただなぜだか一般的には、明智光秀謀反の謎みたいな話にはなっているのですが、歴史好きな人にはどう考えたってと言う話し。地位と権力を持つと過信してしまうのも人間ですから、どうしようもないのですが。そんな看板、こうした形で霧消する。
「信長の野望」天下統一を足元からすくわれた。そしてお猿さんにお願いしたから豊臣秀吉公が天下統一をなしとげたんですね😃
お猿さんのお堂はびんずるさん
お釈迦さまのお弟子である十六羅漢のリーダーで「びんずるさん」とよばれ親しまれているのが賓頭廬尊者像/びんずるそんじゃぞう。病気を治す力があるとされ、なでるとその部位の病気が治るという信仰があり「撫仏」とも。色々なお寺さんの脇にいらっしゃいます。
ただ不思議なことにお堂の中ではなく、外に。これは彼の自由勝手な行動がお釈迦さまの怒りをかって、中に入れてはもらえないのだとか。
今ではお猿さんの方が有名なお堂ですが、本当の名前は大黒山金剛寺、本尊の青面金剛は飛鳥時代に渡来したユダヤ系帰化人である秦氏の守り本尊です。まぁ、そんなことよりお猿さんに願い事を託して、そしてお酒を飲んで、夜通し神さんへお願いする、と言うお祭りイベントが人間らしくていいんです。
天徳4/960年その青面金剛を一般の人達も参詣出来るようにと天台宗の浄蔵貴所が青面金剛を本尊とする庚申堂を建立。この庚申堂は日本で最初の庚申堂と言われています。
境内はそんなに広くはなくて、人だかりがハンパないで、おまいりは午前中がオススメです。またこのお猿さん、八坂のこうしんさんを大切にしている信者さんの手作りだそうで1日に出される量も限られています。鬼滅バージョンなどお目当のお猿さんをゲットするにはなるべく早い時間帯の方が良いかと。2021年春にはお猿さんは500円でした。
八坂庚申堂さん〒605-0828 京都府京都市東山区金園町三九零 9時00分~17時00分
