風の時代と
コロナの時代、人にも会えなかった。大切な人ですら会えないなんて、人間関係を破壊する酷いウィルス兵器をばら撒いたもんだ。人の命なんてどうでもえぇと思っている高級独裁者が居ることが公にはなったが、それで死に至った人たちはどうなんだ。隣人なんて信用できないという人間不信におとしいれて、分断する政策をとっているのが【今の世界】
人減らしのために、ウィルス兵器を撒き散らして、ワクチンとかでぼろ儲け。ウィルス兵器を製作していた🐼武漢研究所は、フランスとアメリカからの資金援助で造られた。なぜ日本はアメリカさんから200兆円も出してワクチンを買わなければいけなかったのか。まぁ敗戦国だからアメ公へお布施だねぇ。
こんな狂った世の中が来るなんて思いもしなかった。映画でみたような世界が、実際に展開されている。そのためか、日本では海外映画興行はいつも冴えない。観たいアメリカ映画なdoありゃしない。それに映画ってその国のプロパガンダだもんね、日本民族はなびかなかっただけ。
会いたい人に逢えないんだよ。どこで人は間違えたのか。てめえが生きてることは、どう言うことかすら腹に据えられていない。情報操作で、人と会うと大変なことが起こるみたいな脅しと不安だけを流すマスコミ。それによって国の政治だってなんだって操作できると信じてた人たちもいた。【103万の壁】にカスミをかける、これが情報操作。またジャニーさんズ、マスごみ=高級娼館なだけ。高級人民はいいんだヨォ、と馬鹿か。
それがどうだい? 変わったね、それが解らない人は風に乗れないんだね。そう言うことだけだね。
次の世代のために、全体として生きてるんとちゃううん。
私たちの日本社会は、人が悪さをするとは考えていない。ほかの国たちは、ちぃと違うみたいだわなぁ。人を殺すためのワクチンをばらまいたり、殺人ウィルスをばらまこうとする国家があるんだから。まぁ、日本でも新興宗教の団体が薬物殺人を犯していたけれど。
私の知り合いの他民族の人が、日本で生活していてある【ウィルスに感染】したんだよ、そのウィルスの抗体は日本人なら9割以上の人が持っている、だけど。それでその人は、命はとりとめたんだけれど、子どもはもう産めなくなった。【風土病】と言う日本語があるけれど、今ではあまり言わなくなった、でも現代でも他民族の人にとっては命にかかわるもの、それがウィルス。ウィルスは民族によって、兵器的効果は違うのだから。
日本民族の人は海藻や海苔を食べる民族だけれど、それはそれを食べても大丈夫で、かつそれから人間が身体の中では作れないビタミンなどを体に取り入れるようにできている。でも他民族の人は海苔や海藻は消化すらできない身体。西洋人には体に悪い食べ物だから、それは何を意味するのかを考えられたら良いと。
次の時代に残すものは
リベラルな人たちは時の権力者が自分たちが楽しむために楽するために造った城や屋敷と言いますね。でもそれが残っているから、今の観光資源や日本の成り立ちに役になっていることも事実。それが持つ日本人の心を破壊しようとアメリカ軍は城などを爆破していきましたね。その地域の人たちにとっての心の拠り所を破壊すれば、日本人の心まで破壊できるとの浅はかな考え方で。
日本三大庭園とまで言われている【岡山後楽園】。岡山城主であった池田家によって造られた広大な庭園です。だだっ広いという感覚のある日本庭園です。ただ芝生が広い範囲を覆っているので「日本庭園的でない」と言う人もいます。私の岡山の友人に案内された時に「上ヶ原牧場みたいでしょ」と言われましたが。
芝生の庭園イコール外国式庭園のイメージですね。元々はこの芝生部分、田畑だったそうです。池田治政公の時代に財政難だったため、園内で働く人を減らしたがために田畑を、手をかけなくてもよい芝生へとしたそうです。そのために視界が開ける庭園には成ったのですが。ただ今でも園内には茶畑などは残っています。
大東亜戦争で攻撃を受け破壊される
昭和の時代に入り、後楽園は水害や戦災に見舞われています。戦後復興の過程で、資料に基づき再建復元されています。つまりは建物などは復元されたものです。中央部分にある足湯のように人が使っている【廉池軒・れんちけん、流店・りゅうてん】は、戦争の被害を受けなかった建物です。池からの水がひかれて、建物の中を川が流れているかのようなけったいな建物です。

廉池軒
池田綱政公が好んで利用していたと言われている建物で、ここでお客さんをもてなしたとか。ここからの風景も良いですよ。元々が休憩所のような建物であったそうで、後楽園を見物した人たちの憩いの場であったまんまで、今でもそうなんです。水路には様々な色の奇石が設けられており、全国的に珍しい建築物です、つまりは必見ですね。
庭園ですから四季折々の風情が
広大な園内には梅の庭園や桜の場所があり、古代から生きるハスとして有名な「大賀蓮」の畑もあります。蓮はレンコンの花ですから、畑ですね。稲が育っている田んぼの横にあるのが蓮ばたけです。ここはかってこの庭園に作られていた田畑の名残で【井田・せいでん】とよびます。毎年6月第2日曜日には「お田植え祭」が開かれます。

岡山後楽園の井田
この田畑の横には茶畑が広がります。江戸時代、後楽園内の【茶畑】で摘まれた茶葉は藩主が飲むお茶として使われていました。築庭当時から位置は変わっていません。岡山は実はお茶にはうるさい人たちです。日本茶をカタチ作ったといっても過言ではない栄西禅師は、ここ岡山出身ですからね。
岡山の写真家の方にお聴きすると後楽園の花の風情が良いのは、梅が咲く2月と花しょうぶが咲く6月上旬だそうです。【花菖蒲畑】には、約80種3,000株のハナショウブが植えられ絶景だそうです。平安時代の『伊勢物語』での「東下り」にちなんで、小川に板をかけた「やつはし」も設けらています。
岡山後楽園 〒703-8257 岡山県岡山市北区後楽園1−5
開門時間/8時00分~17時00分 閉園日/なし
入園料/大人500円、65歳以上200円、高校生以下無料
交通アクセス/JR岡山駅から路面電車「東山行き」約5分「城下」下車、徒歩約10分。または、JR岡山駅から徒歩約25分