沖縄のおみあげもん屋さんの定番は
沖縄に行くと不思議に感じるのが三叉路にある「石敢當」たびにつきものなのは、目的もなく散歩する。左、いや右とそこで運命の分かれ道。
そこで沖縄で必ず目にするのが石敢當。なんと読むか「イシガントウ」。でも所によっては「セキガントウ」とも。民間信仰の魔除けだそうです。
街を徘徊する魔物だって左や右の運命の分かれ道の三叉路にやT字路のどんつきで立ち止まる。そうすると魔物はそのままその前の家に入り込み悪さをするそうです。
それを避けるために置かれたのが「セキガントウ」。魔物さん、どこか他所に行ってください、ここに留まらないで。そんなにここは良いところではありません、かな。
「石敢當」は奄美、沖縄本島から八重山の周辺が最も多い場所
「石敢當」は鹿児島や九州、そして関西にまであるそうですが、普通に観られるのは、沖縄。
石は日本では神聖視をする風習がありますね。奈良の石舞台や亀石、高砂の石の宝殿、広島野呂山のゴロゴロ石、和歌山熊野のゴトビキ岩、弘法大使の伝説がある和歌山橋杭岩と数えだしたらキリがないほど。
「石で風穴を閉じて、魔物が出てこないようにする」と言った意味で大きな石が使われたりもしますね。こうした石に対する人間の畏怖が石や岩を重要視するようになったのかも。村上春樹さんの小説『海辺のカフカ』でも石が出てきますよね。
なぜ道の突き当たりやT字路が、というのは見通しが悪いから衝突事故も起こりやすい、そんな意味からも風水でも「路冲(ろちゅう)」と云い大凶の場所だそうです。そこで、この「石敢當」の石で和らげようとした、先人の智恵ですね。気をつけなさいヨォ、と知らせてくれているサイン。
沖縄の魔除けといえば良かったさぁ~。嬉シーサー。
沖縄のみならず、いまや全国的にも名の知れている伝説の生き物が獅子の形したシーサー。まぁ獅子って、狛犬もそうだし、獅子舞もそうです。全ては厄除け、沖縄は台風の通り道とも呼ばれて、そんな中落雷でもあり風に煽られて。煽るって昨今のマスごみによる煽動フェイクニュースではありません。火事が起こると大変、だから守り神を屋根の上に置いておく。これがはじまり。
お祭りもそうですね、日本の代表的な夏のお祭りといえば「祇園祭」、これも今回のウィルス騒動のような疫病が蔓延した京都の首都を鎮めるために行われたと言われていますよね。一説には菅原道眞公の怨念なんて、のもありますが、あくまでも後付け説明、こじつけのような気がしますが。これくらいの「ソォカナァ」というのは許せますがね。京都には曲がり角には必ず「いけず石」というのがあります。これもキテレツ観光スポットね、パワーストーンですが?!
沖縄では、やたらとなんでも沖縄文化=中国文化と結びつけたがる左の方々がおられます。ただねぇ、シーサーに関しても、例えばアメリカ人のビルの前に三越さんのライオンいますよねぇ。あれとおんなじ。ピラミッドの前のスフィンクスもそうですよね。まぁ中華思想というのは中国人が頂点で、そこから全てが派生したという考え方だから仕方ないのかもしれませんが、誰もそうとは思っていないのですわなぁ。
ちなみにシーサーにも正式な置き方があるそうです。正面から見て、口が開いている方オスのシーサーが右側。口を閉じているメスの方が左側です。エ!間違えて置いていた。ご安心を、そんな些細なことで神さまはお怒りになりません。あくまでも個人的見解ですが😀