いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦@広島福山市

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いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦

景色に染まる瀬戸内

なぜだか『いい日旅立ち』を聴くと行きたくなる瀬戸内の町があります。カメラばあちゃんと呼んでいた親類がその町で旅館をされていました。もうそのおばあちゃんにも旅館にも出遇うことはありませんが、福山で親友に逢う機会があり、足を伸ばして鞆の浦を散歩しました。

いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦

おんなじ福山市内ですが、岬に出て行かなくてはいけないので少し距離があります。福山駅から鞆鉄バスに乗って約30分。国鉄の旅行CMとして流れていた『いい日旅立ち』、谷村新司さんがコマーシャルソングの依頼を受けた時に、国鉄側から出されたのが「日本旅行」の、文言を入れること。

旅好きな私が瀬戸内の海の町で一番おすすめするのがここ「鞆の浦」そして「尾道」ですね。鞆の浦は、潮待ちの港町として栄えていた場所ですが、今では潮待ち風待ちをする帆掛船なんてありませんから。いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦

海人小舟 帆かも張れると見るまでに 鞆の浦廻に 波立てり見ゆ

沖に突き出るような波止、常夜灯、雁木と呼ばれる階段状の船着場、港に面してる豪商町、土蔵などが今でも残り、当時の港の活況を彷彿させるものがいたるところ待ってくれてます。いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦

元禄年間創業、300年の歴史を持つ澤村船具店は、ベンガラ塗りの出格子や柱は、絵になります、誰しもが心和みます。営業時間/8:00〜17:00休み/火曜日。

潮の流れのままに時をあそぶ

船着き場の雁木/がんぎは文化8/1811年、鞆の浦の港のシンボルとも言える常夜灯は安政6/1859年に再建されたもの。材質は瀬戸内地域に広く産出される御影石、関東では花崗岩という石です。

火山活動でできた岩石ですから、こうした石からも放射線が出ています。放射線がどうの、と東北大震災以降言われていますが、自然放射線は生活していれば自然と受け入れているものなんですね。いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦

瀬戸内には立派な常夜灯、たぶん今の灯台の役割を果たしていたんでしょうね、それが至る所でみられます。山の上に目印として作られている場所もあります。特に潮の流れが早い場所には、こうした目印があるようです。瀬戸内海は波が穏やかで、海水は動いていないように思えますが、実は潮の流れは急で、そのために船の往来のため平安時代から港湾整備がされているのです。次の時代が少しでも良くなるようにと、私たちご先祖さんが残してくださっている。いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦

階段状になっている雁木/がんぎも、潮の満ち干でもおんなじ状態で荷降ろしできる良く考えられたものですね。雁木は姫路城などにもあり、こうした御影石を細工する職人によってうまい具合に考えられたもんなんでしょうね。いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦

文明開化の名の下に、潰されていった世界遺産

西洋文明を猿真似するために、日本古来の考え方などが潰されていったのがつい100年ほど前。その一つにお城があります。各地のお城は民間に払い下げられ、壊されていったのです。残っていれば超国宝級と言われているのが岡山津山城があります。ここ福山にも新幹線からすぐ見える線路の横にお城があります。明治6/1873年に廃城となり、民間に払い下げられます。その城内の一部を譲り受けて船で運び移設したのが【岡本家長屋門】です。いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦

ここは今では鞆の浦の名産品である【十六味地黄保命酒】の岡本亀太郎本店として長屋門の中も見学できます。
保命酒の薬草もち米と米麹から米の滋味をたっぷりと取り出して、焼酎を加えて良質なみりんを作り、16種の薬味を職人が丹精込めて漬け込んだ伝統の薬味酒が【保命酒】。試飲もさせてくださるので、ぜひとも味わっておきたい一品。いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦

保命酒に紀州産南高梅を漬け込んだ「梅太郎」、杏の実を漬け込んだ「杏子姫」、高知の生姜エキスを入れた「生姜ノ助」いい日旅立ち、西へ 癒される港町鞆の浦

時代が進むにつれ、航海技術が進歩し、鞆の浦の海上交通の要所としての意義は薄れて行きます。そして海上輸送から国鉄輸送、トラック輸送へと時代が変わります。
鉄路や国道から30分の距離があるために、この地は開発が遅れます。それが今では良かったのでしょう、名所旧跡や遺構そして歴史ある街並みが現在でもそのまんま残っているのですから。

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