神山や大田の沢のかきつばた ふかきたのみは色にみゆらん
日本は水の国と言われていますね。碁盤の目の京都の町は人が住む以前は沼地だったと言われています。川が流れ土砂が堆積して今の盆地が出来上がったんですね。そのために川の氾濫で町が水浸しになるので豊臣秀吉公は川の氾濫から町を守るための土塁を築いています。京都で洛外、洛内と表現する洛内とはこの土塁の中のことです。
梅雨や夏の京都は、外国人観光客にはつらいと言います。まぁ京都でなくても日本の梅雨や夏のジメッとした気候は、他の国にないものかもしれませんね。上賀茂神社の東の町中を歩いてると水が豊富なのがよくわかります。そして町並みが、京都らしくていいんです。どんつきには大きな楠が道の真ん中に。
この東に賀茂別雷神社(上賀茂神社)の摂社である大田神社があります。縁結びや芸能の神さんとして知られています。その参道入口横に湿地帯が広がります。ここが大田の沢と呼ばれるカキツバタの群生地です。健在300坪程度と言われていますが、昔は数倍以上の大きな大湿原だったそうです。
平安朝時代からカキツバタの名所
5月のゴールデンウィーク頃から、この湿地が青紫に変わります。ここのカキツバタは野生の群生で一千年以上も前からここで生息している、そんな訳でもちろん国の天然記念物です。約25,000株が自生すると言われています。
誰もが教科書で知っている尾形光琳の「燕子花図/かきつばたず」は、ここ大田の沢のカキツバタ群生がモデルです。
花ですから、年によってゴールデンウィークまでが見頃だったり、この写真の時は5月中旬でした。カキツバタはアヤメ科アヤメ属の植物で、美しい紫色の花が特徴です。漢字で書くと「杜若」。「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若」という慣用句を見かけたことがある人もいるかもしれませんが、姿がよく似ているために混同されやすいカキツバタとアヤメ。カキツバタは花全体が紫色で中央に小さな斑紋があること、そして水辺に咲きます。
神山や大田の沢の杜若ふかきたのみは色にみゆらむ
平安時代の歌人・藤原俊成の歌です。「神山/こうやま」は賀茂別雷命の降臨地で、上賀茂神社の後背地の山を指します。
大田の沢のカキツバタは今年もすでに花をひらいたことでしょう。賀茂の神への深い帰依心があるから、あのように濁りのな美しい紫の色に咲くのですね、と。
御祭神として祀られているのは天鈿女命
『古事記』や『日本書紀』にも登場する女神あめのうずめのみことが祀られているのが大田神社。天岩戸/あまのいわとに隠れてしまった天照大神に出てきてもらうために踊ったのがあめのうずめのみこと。踊り子の女神である天鈿女命にちなんで、大田神社は芸能上達の神と言われているのです。
平安時代にまとめられた『延喜式』にもその名が登場する、とても歴史のある神社です。古くは恩多社という名前でも呼ばれていました。境内には約400年前に建てられた本殿と拝殿があります。また、境内の北西角から山に向かって「大田の小径」と呼ばれる坂道が伸びており、ちょっとした散歩におすすめです。「大田の小径」を登った先には小さな展望台があり、周辺の景色が見渡せます。
大田神社 〒603-8047 京都府京都市北区上賀茂本山339 営業時間/24時間